「志本主義」

インタビュー取材

前回の取材から4年。株式会社最上インクスの鈴木社長は、コロナ禍で見えてきた社会の課題を指摘する。「これからの時代、仕事は”志事”へ、資本主義は”志本主義”に変わっていく」—。4年前に語られたその言葉は、デジタル化が加速する今、より重みを増している。
行き過ぎた資本主義への警鐘を鳴らし、人の幸せを中心に据えた経営を実践する鈴木社長。データやAIが発達する一方で、人との関係性や体験の価値を説く。デジタル化が進む中でこそ、経営者に必要な「決断」とは何か。そして、次世代を担う若者たちへ伝えたいメッセージとは。
「志」を基準とした判断の大切さと、人を中心に据えた経営の在り方について、鈴木社長の哲学に迫った。

鈴木 滋朗(すずき しげあき)
株式会社最上インクス 代表取締役社長
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「志本主義」が導く、人間中心の経営へ

日野
日野

前回の取材の最後に、次のような言葉をいただきました。
「これからの時代、仕事は志事へ、資本主義は志本主義に変わっていくと思います。どれだけ幸せを作り出せたかが企業の評価になることを目指したいですね」
この言葉の真意を、今回改めて伺えればと思います。

鈴木社長
鈴木社長

当時はコロナ禍の真っ只中で、世界的に行動が制限されていました。私自身もこれまでと同じように活動できなくなったこともあり、「自分たちが本当にするべきことは何なのか」を真剣に考えました。パンデミックで生活や仕事が立ち行かなくなる状況を見て、「損得だけで物事を考えるのは限界がある」と思うようになりました。
それまでの資本主義は、強いものが弱いものから搾取していくような、少し行き過ぎた世界観だったと思います。もしそのまま突き進んでしまうと、その行き着く先を間違えた時に、宗教や思想などが絡んで戦争にまで発展する危険すらある。そう考えた時に、利益だけでなく、どれだけ社会や人の幸せを作り出せるか、という指標で企業の価値を測る社会が望ましいと思うようになりました。

日野
日野

行き過ぎた資本主義からの転換が必要だということでしょうか。

鈴木社長
鈴木社長

はい。日本はここ30年くらい停滞が続いているとよく言われますが、実際に同じことを繰り返すだけでは、時代の変化に乗り遅れてしまう。私は「失われた30年」というより、「停滞した30年」だったと感じています。海外では技術革新や新しいビジネスモデルが次々と生まれているのに、日本は前に進む勢いを失ってしまった。
その原因の一つは、商売の目的が「儲けることだけ」に偏ってしまったところにあると思います。本来、世の中を良くするための手段が商売のはずなのに、いつの間にか自分たちの欲望を満たすためだけなっていた。それをコロナで強制的に止められたことで、「このままではいけない」と気づくきっかけになりました。ねじれたものが元に戻る流れの中で、人間の幸せを中心に据えた“志本主義”を目指す企業が増えていけば、社会全体も大きく変わるのではないでしょうか。

日野
日野

その「本来あるべき姿」について、もう少し詳しくお聞かせください。

鈴木社長
鈴木社長

目の前の利益ばかり追うのではなく、「志」を軸にして、最終的には誰が幸せになるのかを大事にすることですね。戦争が起きるのは、人が中心にいない状態で、国家や宗教、権力などが先行してしまうから。逆に、人を中心に据えることができれば、本来、技術や経済活動は平和や豊かさのために活かされるはずです。
たとえば、農業の技術革新などで年1回しか収穫できない作物が年4回作れるようになれば、食糧問題も解決に近づきますよね。その結果として争いが減るかもしれない。一方で、それが兵器開発の方向にいけば人を傷つけるツールにもなる。技術は使う人の考え方次第で、平和にも戦争にもなり得る。そこを見誤らないために、「世の中を良くするためにどうしたらいいか」を常に考え、志を基準に判断していく必要があります。

日野
日野

4年前の「志本主義」というお言葉が、より深い意味を持って響いてきます。

鈴木社長
鈴木社長

本来、事業も世の中を良くするためにあるもの。人が中心にいる社会をどう形成していくのか。そこを考えていくことが、これからの経営には求められているのだと思います。

データでは見えないこと

日野
日野

次に、経営者として大切にされている考え方を教えてください。

鈴木社長
鈴木社長

経営者として大切にしているのは価値観に基づいた決断です。私は親から「お前は経営者として”決定”ではなく、”決断”をするんだ」と教わりました。決断には「決めること」と「捨てること」の両方が含まれます。特に撤退を決めたら、きっぱりと去る。それができ、かつ、やらなければならないのが経営者です。

日野
日野

具体的な判断基準についてもう少し詳しくお聞かせください。

鈴木社長
鈴木社長

常々大事だと思っているのが「世の中が本当に何を求めているかを知ること」です。データや数字だけでなく、実際に人と会って話を聞いたり、困っている現場を見たりしないと、本当のニーズはわからない。それを損得で判断してしまうと、損切りした方が早いということになってしまいますが、それでは本当に大切なものを見失ってしまいかねません。私が過去にしてきた大きな決断も、損得だけで決めていたら今の会社はなかったでしょう。
私自身、コロナ禍で人と接する機会が制限されたときに、改めて「人と会わないと不安定になる」と痛感しました。家族や社員の様子を見ても、やはり同じように感じている人が多かった。
なのでコロナ禍をきっかけに、社員が提案してくれた「テーマなし居酒屋」という社内の集まりを始めました。最初5、6人だった会が気づけば30人規模にまで増えていました。やはり人と話す機会を必要としていたのでしょう。仕事だけでなく、家族のことやプライベートの悩みまで共有できる場をつくると、新たな発見があります。普段は見えない部分に触れ、「こんなことを考えていたんだ」とお互いを理解できるようになりました。

日野
日野

素敵な取り組みですね。それはデータだけ見ていてもわからなかったことですね。

鈴木社長
鈴木社長

そう思います。確かに「幸せ」を検索すれば、データは無数に出てくるでしょう。でも、それで「幸せ」がわかるかというとそんなことはないですよね。そんなことよりも、大切な友達や恋人にプレゼントあげる時、その人が喜んでくれる姿を想像した方が幸せじゃないですか。相手が実際に喜んでくれたら、その喜びは自分の幸せにもなる。そういうのは理屈じゃなくて、「好きな人を喜ばせたい」という純粋な気持ちですよね。
そんな人たちが増えれば、世の中はもっと幸せになると思います。難しく考えなくても、「この人を喜ばせたい」という思いをもつ人がたくさんいる方が、きっといい社会になるのではないでしょうか。

リアリティのある体験の重要性

日野
日野

ここまでのお話を伺っていると、若い世代の働き方や学び方にも通じる部分が多いと感じます。最近の若者とテクノロジーの関係についてはどのようにお考えですか。

鈴木社長
鈴木社長

若い人たちを見ていると、優秀な人が多いと思います。ただ、リアリティのある体験を積む機会が少なくなっているように感じるんですね。例えばChatGPTなどを使えば答えは簡単にわかるけれど、自分で失敗したり試行錯誤したりするプロセスが抜け落ちてしまう。そうすると、「自分の意思で決定し、答えをつくっていく」経験が不足してしまう恐れがあるんです。
私の子どもたちの話を聞いても、学校の宿題で同じツールを使って同じような答えをみんなが提出してしまう、ということがあったそうです。もちろんテクノロジーそのものは否定しませんし、VR学習など効率の面で素晴らしいところもたくさんあります。ただ、使う主体はあくまで人間であって、「自分はどうしたいのか」「何をやりたいのか」を突き詰める必要がありますよね。

日野
日野

AIやテクノロジーがこれだけ進んでくると、逆に人間がやるべき領域はどこなのか、戸惑う人も多いかと思います。

鈴木社長
鈴木社長

私も学生さんとお話しすると、「自分が何をやりたいのかわからない」と迷っている人が多い印象です。そこには情報過多の問題もあって、目的がないまま日々情報に触れていると、かえって「自分はこれが好きだ」と言い切れるポイントを見失ってしまうんですよね。
だからこそリアルな体験を積むことが大事だと思っています。アルバイトでもインターンでも何でもいいんですが、とにかく自分で体を動かし、頭を使ってみる。そこに自分が面白いと感じる瞬間や苦手だと思う瞬間が必ずあるはずです。それこそが、自分の意思を形づくる材料になる。答えだけをツールからもらうのではなく、失敗も含めて自分で作り上げていく感覚を養ってほしいですね。

日野
日野

では最後に、就活中の学生や若手社会人に向けてメッセージがあればお願いします。

鈴木社長
鈴木社長

今までお話したことに加えて、「余白」を持つことも大切にしてください。今の若い世代は効率を求められ過ぎていて、常に何かを生産しなければいけないようなプレッシャーを感じているかもしれません。でも、ぼーっとしたり、ゆっくり考えたりする時間があるからこそ、新しいアイデアや気づきが生まれる。特にテクノロジーが発達した時代だからこそ、意図的に情報から離れる時間が重要になると思います。

「AIが答えを提示する」時代において、自らの試行錯誤を通じて「答えを見出していく」経験の重要性について語られたお話は、前回いただいたメッセージとも呼応し、深い納得と感銘を覚えました。

<取材・執筆=日野、写真=品川>

株式会社最上インクスHP:https://www.saijoinx.com/

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