「自己のお守り」も忘れずに

インタビュー取材

「使う」という言葉。私たちはこの言葉を日常的に、何気なく使っていますが、京こころを大切にし、伝える活動をする廣瀬康二代表は、この「使う」という言葉には前回の取材で伺った「り」との共通点があるそうです。

廣瀬 康二(ひろせ こうじ)
株式会社竹上 代表取締役
前回の記事はこちら

「付く」と「合わせる」の組み合わせが「使う」

日野
日野

前回の取材では、「始末の心」や「道具と調理器具の違い」をお話しいただきました。私もその考え方に影響を受けて、最近買った革靴を愛着を持って手入れするようになったんです。今回はその辺りのお話をもっと深掘りできたらと思います。

廣瀬代表
廣瀬代表

前回お話ししたように、革靴や包丁といった道具には「()りの心」を持つことが大切です。「守り」とは、そのモノとの付き合い方のことです。靴の場合、普通は「履く」と言いますが、「使う」とも言いますよね。この「使う」は、「付く」と「合わせる」が合わさってできた言葉です。つまり、そのモノと付き合って、同じ目線に立って合わせることが「使う」ということ。だから「使う」は「守り」をするということでもあるんです。管理するのではなく、同じ目線に立って心を寄せて見守り続けること、つまり道具に感謝をし続けることが大事です。
例えば包丁の場合、プロの料理人は出汁や調味料の研究はするけれども、肝心の包丁は二の次になりがちです。でも私は、道具が整っていないと良い仕事はできないと考えています。日々感謝の心を持って道具に寄り添い、ちょっとした変化に気づいて手入れをしながら道具を育んでいくと、不思議なことに道具が自分に馴染んできて、お互いがフィットするようになるんです。それが、道具が使い手に応えてくれている証だと、私は思っています。

日野
日野

確かに、長年使って大切にしているモノには、愛着が湧いて自分専用のものになる感じがします。

廣瀬代表
廣瀬代表

それはモノが合わせてくれているんじゃなくて、自分がチューニングして、モノに合わせているんです。でもそれは一朝一夕でできることじゃなくて、毎日コツコツとモノに心を寄せ続けることでしか得られません。自分の手で育んでいって、やっと「ああ、いい感じだな」と思えるようになる。それが「馴染む」ってことなんです。都合のいい時だけ構っていたんじゃダメで、日々心を寄せ続けることで、はじめてモノは応えてくれるんです。私は、講座や講演の場でも、必ずこの「守りの心」について話すようにしています。 これは日本人なら誰もが本来持っている感覚のはずなんです。でも今の時代、どこかに置き忘れられているように感じるんです。 だからこそ、あえて言葉にして伝えていかなければと思っています。

日野
日野

なるほど。ところで廣瀬代表は、なぜこの「守りの心」をはじめとする京都らしい考え方を伝える活動をしようと思われたのでしょうか。

廣瀬代表
廣瀬代表

私は京都で生まれ育って、祖父母と同居していました。私の祖父母は大正時代の生まれで、「京こころ」と呼ばれる考え方が自然と身についていったんです。 それに加えて、30年前に包丁の修行に出た時に、師匠から「モノを大切にすること」「人の手を加えること」の大切さを教わりました。人の手を加えることで、そのモノに温もりが宿り、使い勝手が変わっていく。目に見えない何かが宿るんです。 そうした経験が私の原点になっています。 だからこそ今でも、お客様の目の前で包丁を仕上げる「本刃付け」にこだわり続けているんです。 お客様に手渡す時点で、その包丁に魂を込める。そこに、職人としての誇りを感じるんです。 自分がモノに込めた想い。それを受け取った人にも伝わってほしいという想いで手仕事に向き合っています。

日野
日野

廣瀬さんの「守りの心」は、廣瀬さんの人生経験そのものから生まれているんですね。 前回は「ヒト・モノ・コトのご縁」についてもお話しいただきました。改めてそのお話を振り返ると、偶然のご縁を大切にするとはどういうことなのか、そのために自分には何ができるのかを考えさせられます。この辺りについてはいかがですか。

廣瀬代表
廣瀬代表

なかなか難しい問いですが、私は「自然体で生きること」が大切だと思います。確かに、年を重ねるほど様々なことを考えすぎて、素直な自分を見失いがちになります。でも、自分の心に正直に、純粋な気持ちを大切にしながら生きていけば、自然とご縁は巡ってくるものではないでしょうか

習慣の重要性について

日野
日野

今回のテーマである「経営者の哲学」について、廣瀬代表が現在大切にされている考えをひとつ教えていただきたいです。

廣瀬代表
廣瀬代表

「習慣の力」はとても大切だと思っていますね。私は、その人の人生の80%は習慣で決まると考えているんです。普段何気なくやっていることが、今に活きていたりします。包丁研ぎも、包丁を扱っている人は誰もができることです。でもそれを人がやり続けられないほど続けることが大切なんです。誰でもできる簡単なことだからこそ、諦めずに続ける。そこに職人としての誇りを持って臨む。それが、仕事の質を高めるコツだと、私は信じているんです。
料理人の包丁を見れば、その人の普段の習慣が手に取るようにわかります。持ち手に滲む脂の量、刃の冴え具合。これを見れば、その包丁がどれだけ丁寧に扱われてきたかが、すぐにわかるんですよ。 包丁は料理人の分身。だからこそ、日頃から敬意を持って接さなければならない。型だけを真似しても、本当の技術は身につきません。
今日の朝も、ここに5人か6人の料理人が来て包丁研ぎの講座をしていましたが、手入れされた包丁は見ただけですぐにわかるんですよ。プロが包丁をさっと出したら、そこには気迫がないといけない。「こんなすごいものには簡単に触れられないな」というぐらいの気迫が必要なんです。その気迫は、一朝一夕に出てくるモノではなく、日頃の手入れの中で滲み出てくるものです。料理人にとって、包丁は自分の体の一部。だから、その場しのぎで扱ってはいけないんです。そんな話を今朝料理人たちにしていました。

日野
日野

習慣には、良い習慣と悪い習慣がありますよね。その見極めは難しいところです。良い習慣だと思っていたものが、実は悪い習慣だったということもあるかもしれません。そういった習慣の良し悪しを判断する基準については、どのようにお考えですか。

廣瀬代表
廣瀬代表

その見極めができるかどうかは、日頃の精進次第だと思います。精進というのは、自分が正しいと思ったことを続けることですが、自己中心になってはいけません。自己中心になると、「俺が正しい」と思い込んでしまうものです。そうなると、精進からずれていってしまうんですよ。自己分析をして自分で良いと思ったことを、きちんと見極めることが大事だと思います。

運動は「運が動く」と書く

日野
日野

最後にこれから社会に出ていく若者へ、メッセージをお願いします。

廣瀬代表
廣瀬代表

若い人には、ぜひ「運動」をしてほしい。ここでいう運動とは、スポーツだけでなく、日々体を動かすこと全般を指します。「運動」という字は「運が動く」と書きます。つまり、体を動かすことで「運」も一緒に動くんです。みんな悩んだら頭ばかり働かせて運動することを怠ってしまうでしょ。でも動かなあかん。いきなり動いてすぐ結果が出ることはないけど、常に動き続けていたら味が出るっていうのが僕が考えてる信念なんです。例えば、明石の天然の鯛は鳴門の渦に揉まれているからこそ、光り輝き、生き生きとした味わいがあります。でも養殖の鯛はただ狭い場所を泳いでいるから味わいがない。同じ鯛でも、味は全然違います。人間も同じです。体を動かすことで、不思議と「運」も引き寄せられてくるんですよ。 運動をすれば、自然と人との出会いも増えますし、良い情報も入ってくるようになる。 運動は、そういう幸運を呼び込むきっかけにもなるんです。だから若いうちから、体を動かす習慣を大切にしてほしいですね。

日野
日野

運動って大事だなと思いながら確かに後回しにしがちです。

廣瀬代表
廣瀬代表

自己管理の習慣も欠かせません。質の高い睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動。そうした基本的なことが、実は一番大切です。誰もがわかっているけれど、なかなかできていないのが実情ですよね。経営者にとって、自分の体が何よりの資本です。だからこそ、自己管理を怠るわけにはいきません。健康であり続けるための習慣を、今から身につけてほしい。若いうちの習慣が、その後の健康を大きく左右するんです。自己管理の大切さを肝に銘じて、日々の習慣にしてください。もちろん、最初から完璧にはできません。私自身、なかなか思うようにいかないことだらけです。大切なのは、続けようとする意思を持つこと。そして何より、諦めずに続けることです。自己管理も商売の内です。無理をして体を壊し、お客さんに迷惑をかけてしまったら本末転倒ですからね。だから、自己管理という言葉よりも、「自己のお守り」という言い方がいいのかもしれません。自分の心を体に寄せること。他人への「守りの心」と同じように、自分自身にも「守りの心」を持つこと。それが自己管理の本当の意味だと、私は考えています。

冒頭でお話しいただいた「使う」という言葉の意味について、深く考えさせられました。単なる使用にとどまらず、「合わせる」という含意があるというお考えは、これまで廣瀬代表からのお言葉一つひとつがつながっていくようでした。また、習慣が人格や成功を形作っていくというお話は、私自身の大きな励みとなりました。

<取材・執筆=日野、写真=田部>

食道具竹上 HP:https://kyototakegami.com/

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