創業期、昼は営業、夜はコンビニのアルバイトをして朝6時まで働いていたという平井社長。前回の取材から4年。マクドナルドの店舗清掃を皮切りに事業を拡大し、今や従業員の離職率0%を実現。その理由は「人に期待しないこと」だという。創業からこれまでの歩み、そして経営者としての気づきについて伺いました。
平井 大輔(ひらい だいすけ)
株式会社ARK 代表取締役
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何のために働くのか
前回の取材では、昼は創業した会社の営業、夜はコンビニのアルバイトをして朝6時まで働くという、創業期の大変な時期についてお聞きしました。今回はその後、会社がどのようにして軌道に乗り始めたのかお伺いしたいです。
創業から半年間、営業を続けていた頃、近所の大手チェーン店舗の清掃の仕事が決まりました。最初はガラス磨きからのスタートでしたが、店長に気に入っていただいて。その店長が宇治の1店舗の店長から、エリアマネージャー、近畿マネージャーを経て、全国統括部長にまで昇進されていったんです。その方と共に歩むような形で、店舗管理の仕事がどんどん増えていきました。
その出来事が大きな転機だったんですね。
そうですね。滋賀県の店舗で清掃作業をしていた時には、たまたま声をかけてくれた人がビルメンテナンス会社の社長で、その会社と提携が決まって現在まで20年以上のお付き合いとなっています。
人との出会いが現在の仕事につながっていることがわかりました。これまでの歩みを振り返って、成功の要因はどこにあるとお考えでしょうか。
私は自分のことを全く成功者と思っていません。というのも、多分、他の中小企業の社長もそうだと思うのですが、うまく行ったことよりも苦労していることの方がずっと多いんですよね。だから成功や失敗といった物差しで測るのではなくて、何のために仕事をするのかを問い続けることの方が大事だと思っています。
平井社長は「何のために仕事をするのか」という問いにどのように向き合ってこられたのでしょうか。
最初は生活のため、家族を守るため、家のローンを払うため、子供の成長のためという目的だったと思います。ふと5、6年前にその問いについて考え直した時に、自分には大企業の社長が掲げるような大義がないことに気づきました。無理に作ることも必要ないと思ったので、まずは自分への貢献、家族への貢献とできることから始めようと考えました。
そう考えたきっかけは何かあるのでしょうか。
32歳の時、会社が好調だったためハワイに別荘を買ったんです。まだ子供も小さい時でした。ある時、ビーチでゆっくりしていたら仕事の電話がかかってきて。「今から来れる?」と言われたんです。「申し訳ありません、今ハワイにいるので」と返事をしたら「儲かっててええな」と。その電話の相手はどんな時も私が対応するものと考えていたんです。その時に気づいたのは、私の時間は私のものではないということです。「株式会社アーク」と「平井大輔」がイコールになっている間は、引退できないと思ったんです。
その経験が、経営に対する考え方を変えるきっかけになったのでしょうか。
そうですね。結局その別荘は5年ほどで売却しました。人生は1度切りです。予行練習があったらいいんですけどね(笑)。それに気づいてから、会社の成功や失敗という物差しではなく、何のために仕事をするのかを自分に問うようになりました。これは今でも私の中での大切な問いかけとなっています。
「期待をしない」からこそ育つもの
平井社長が経営者として、現在大切にされている考えをお聞かせください。
私は人に期待しなくなりました。これは自己本位な考え方だということがわかったからです。「ここまではできるだろう」と勝手に期待するから、彼らが頑張っていることに目が向けられなくなってしまって「なぜこれだけしかできないんだ」と言ってしまう。人に期待をすると、「褒める」か「叱る」かの基準が私のさじ加減で決まってしまうんです。なので、これまでは要求することが多かったけど、今はそういった要求はしなくなりました。むしろ、上から引っ張るよりも、下から支える方が社員は成長すると気付きました。
具体的にはどのような変化があったのでしょうか?
以前は「ありがとう」とか「お疲れ様」とほとんど言ってこなかったんです。でも今は「今日もお疲れ様。ありがとう。どうだった?」と積極的に声をかけています。そうすると、今度は社員が私に「社長、どうぞ」と向こうからお茶を出してくれるようになりました。
人に期待をしないというと、最初は突き放しているような、諦めてしまっているような印象を受けたのですが、そうではないんですね。平井社長が「期待しない」という考え方に至ったきっかけは何だったのでしょうか。
ある年の4月1日、当時10人くらいいた従業員が誰一人出社してこなくなったことがありました。全員他社に引き抜かれてしまっていたんです。最初は腹が立ちましたが、そのうち自分を責め始めました。給料をもっと払うべきだったのか、私の接し方に問題があったのか……。その後、ある経営者の方との出会いが大きな転機になりました。その方は私から見てとても人間的な魅力のある方だったので「あなたのようになるためにはどうしたらいいですか」と尋ねたら、「許す心と我慢する心だよ」と教えてくれました。
許す心と我慢する心とは、具体的にどういうことなのでしょうか。
要は、器の大きさです。小さな器には水はわずかしか入りませんが、大きな器ならより多くの水を受け入れられる。この器というのが許す心や我慢する心のことです。それから私は、できるだけ自分の器を大きくしようと努めてきました。もちろん、まだ完璧ではありません。時には「違うだろう!」と否定から入ってしまうこともある。でもそんな時は必ず「さっき言い過ぎてごめんな」と謝ります。すると社員も「いやいや、大丈夫です」と返してくれる。人間力のある方との出会いで、人との接し方が変わりました。「期待をしない」という考え方もその中で次第に思うようになっていきましたね。
経営者として成長する過程で、「期待する」から「受け入れる」へと変化されてきたのですね。
人を大切にするということ
最後に、就職活動中の学生や、京都での活躍を目指す20代の若者に向けてメッセージをお願いします。
私が常に心に留めているのは、「大事な人の大事なことを大事に思える人が大事にされる」という言葉ですね。人を大切にするということはどういうことなのか、考えさせられます。
その言葉の意味について、もう少し具体的に教えていただけますか?
ただ単に相手に合わせることが「大切にする」ということではないんですね。その人が大切に思っていることを一緒の目線に立って大切にしてあげる。上辺だけの付き合いではなく、「うわ、痛いよね」と共感できる関係。同じ目線で話してくれる人、その人をちゃんと尊重してくれるような大人と出会うことが大切です。
そうした出会いはどうすれば見つけることができるのでしょうか?
常にアンテナを張っていることですね。最初から完璧な関係を求める必要はありません。これからの人生、いろんなことがあります。私もうつを経験しました。でもそういう経験があるから、今では笑い話にできる。若いからこそ、やりたいことを存分にやった方が良いと思います。辛いこともあるでしょう。でも、アンテナを張っていれば、必ず人生の恩師や友人に出会えます。その出会いが、あなたの人生を大きく変えるきっかけになるかもしれません。
平井社長の言葉から、人との出会いを大切にしながら、自分の道を切り開いていくことの大切さを感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
<取材・執筆=日野、写真=品川>
株式会社ARK HP:https://www.ark-2002.com/