森信三氏の「人は誰でも天から封書を預かって生まれてくる」という言葉を大切にする佐々木社長。情報があふれる現代において、私たちはその手紙を開くために何を学び、どう生きていけばよいのか。アウトプットを見据えた「知る」ことの意味から、一人一人に与えられた固有の役割まで、そして人生の選択に迷う若者たちへのメッセージをお届けします。
佐々木 智一(ささき ともかず)
佐々木化学薬品株式会社 代表取締役
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「知ること」の本質
前回の取材では、学生時代の部活動の経験や、社会人になってからの学びについてお話しいただきました。特に印象的だったのが、大学の先生から「新卒社会人はお金をもらいながら勉強できる」という言葉を大切にされていたというエピソードです。
そうですね。就職して3年くらい経つと不平や不満も出てきますが、私の場合、その言葉があったからずっと「勉強させてもらっている」という感覚でした。実際、何もできていなかったのにお金をもらえるんですから、その言葉を知っているか知らないかで働くモチベーションが変わってくる、というお話をしましたね。
前回の取材では「知らないことは人生に壁をつくる」という興味深い指摘もされていました。しかし、現在は知ることのできる情報があふれており、その中から、どのような情報を選択し、どう吸収していけばいいのかが重要になってくると考えます。その点についてどのようにお考えでしょうか。
なぜ今情報があふれているかというと、昔よりも誰でも簡単に知識が得られるようになっているからですよね。昔は図書館に行ったり本を買ったりしなければ得られなかった情報が、今はネットで調べればいろんな形で出てきます。でも大事なことは、なぜその情報を得るのかということです。昔、人は何か必要があって図書館に通い、本を買いに行った。つまり、こういうことを知りたいという目的があって、情報を取りに行くわけです。今の時代は逆に、必要のない情報までどんどん入ってくる。でも、知ることの本質は変わっていません。それは必ず、何かのアウトプットのためであるということです。
アウトプットのための知識……。
例えば3日かかる作業を、お客様から2日でできないかと言われた時、「3日でないとできません」と言ってしまえば、新しい知識は必要ありません。でも「2日にできないか」と考えた時、初めていろんなことを知る必要が出てきます。製品がメーカーさんからうちの会社に来るまでの時間を短縮できないか、発注の形式を見直せないか。そのために展示会に行ったり、お客様に聞いたり、仕入れ先に相談したり。つまり、2日で納品するというアウトプットがあって、そのために必要な情報を集めていく。これが知ることの本質なんです。情報があふれる時代だからこそ、自分が何のために知識を得るのか、その目的をはっきりさせることが重要になってきます。
その「知る」ことの意義は、今後AIの発達によって変化していくものなのでしょうか?
情報を得るという意味では、AIは優秀な部下のような存在です。例えば、私自身も講演のアウトラインをChat GPTに考えてもらうことがあるので、その利便性は実感しています。ただし、人間にしか得られない情報もあります。重要な企業秘密をわざわざAIに入力する人はいませんからね。大切なのは、AIを使いこなしながら、人間にしかできない「考える」「想像する」という部分を磨いていくことです。
AIを効果的に使いながら、人間ならではの価値を高めていくということですね。
そうです。これからどんどん情報は得やすくなっていくでしょう。でも、その情報をどう活かすか、どう考えるか、どう想像するか。そこが人間の仕事なんです。ある意味、知識を得ることはAIに任せて、人間はその先の創造的な部分に集中できる。そういう時代が来ているのかもしれません。
「封書」に込められた使命
経営者として大切にされている考えや、最近の気づきについて教えていただけますか。
森信三さんという哲学者の言葉ですが、「人は誰でも天から封書を預かって生まれてくる」という考え方を一貫して大切にしています。その封書には、あなたがこの世に生まれた意味が書いてあるんですね。でも、その封書を開けずして人生を終える人がほとんどだと言われています。
この話はつまり、一人一人に役割があるということなんです。だから、誰かと比べるのではなく、自分の役割を見つけることが大切なんです。誰かを追い越そうと思った時点で、もう自分の役割から外れている。一人一人が違う役割を持っているのに、比べること自体がナンセンスなんです。
では、その役割に気づくためには、どうすればいいのでしょうか。
自分の役割は誰かから教えてもらえるものではありません。周りからヒントはもらえるかもしれませんが、最終的な答えは自分でしか得られないものです。例えば、大学生と話をすると、8割くらいの学生が「やりたいことが見つからない」と言います。別にやりたいことがないのは全然良いのだと思います。私も大学時代はそうでした。大切なのは考え続けること、探し続けることです。しかし面白いことに、中学生に「将来どうなりたいか」と聞くと、全員が何の躊躇もなく答えるんです。でも大学生になると答えられなくなる。どこかで夢が破れてしまったのか、「自分にはできない」と思い込んでしまったのか。
確かに、子どもの頃は誰もが夢を持っていましたよね。
実は小学校の卒業文集の「将来の夢」欄には、意外と本質的なことが書かれていると思っていて。私は「おもろいプロデューサー」と書いていたんですよね。実際プロデューサーにはなっていませんが、今、会社で社員が主役となり、お客様から拍手をもらえる舞台を作る。間接的には、子どもの頃の夢を実現できています。同じように、子どもの頃の夢には自分の役割に通ずるものがある。だから夢の本質を考えることが大切なんです。例えば「医者になりたい」という夢があったとして、医者になれなかったとしても、なぜ医者になりたかったのかを考えてほしい。「人の命を助けたい」「人の痛みを和らげたい」という思いがあったなら、医者以外にもたくさんの職業があるはずです。
なるほど。夢の形は変わっても、その本質を見失わなければ、様々な形で実現できる可能性があるということですね。
結局、全ての経験は自分の役割を知るためのヒントなんです。全て、神様があなたの封書を開くためのヒントとして経験させてくれている。辛いことも嬉しいことも、全てヒントなんです。人は勝手に「この情報は意味がない」「あの情報だけが大切だ」と決めつけてしまう。でも、例えばロールプレイングゲームなら町の人の情報を一つ一つ丁寧に集めていきますよね。人生もそうしたらいいと思うんです。様々な出会いや経験を大切にして、それらを自分の役割を見つけるためのヒントとして活かしていく。重要なのは、自分を信じることです。なぜ信じられるのか。それは、世界に自分にしかない役割があるからです。「自分なんか生まれてこなくてよかった」なんて思う人がいますが、そんな人は一人もいないんです。全ての人に、かけがえのない役割があるんです。
人生の選択に迷う若者たちへ
選択の場面で悩むことが多い就活生や若手社会人に向けて、メッセージをお願いできますか。
人生は、選択の連続だとよく言いますよね。どの会社に入るか、転職するかしないか。分かれ道のように感じることが多いと思います。でも実は、自分の役割に至るまでの道は一本道で、分かれ道はないんです。ただ、そこには必ずハードルや障害があって、時には立ち止まったり、後退しているような錯覚に襲われたりする。でも、全ては自分が最終的なゴールにたどり着くために必要な道筋だということは変わりません。
でも私たちは実際、日々進路や転職など、様々な選択を迫られますよね。その選択に悩む時、どのように考えればよいのでしょうか。
もっといろんな人の話を聞けばいいし、いろんな本も読めばいい。「知る」ということをすればいいんです。自分の中では最良の選択をしたいと思っているわけですから、そのために必要なものを集める。ただし、人生は有限です。500年生きられれば、時間をかけてゴールにたどり着ける人もいるかもしれない。でも残念ながら、私たちには限られた時間しかありません。より確かな道を進むためには、周りのヒントに耳を傾け、考え続けることが必要です。
選択に悩んでいる若者にとって、心強いメッセージだと思います。
どんな選択をしても、それは必ずその人にとって必要な選択です。ただし、選択した後の歩み方が大切です。10年後に「正しい選択だった」と思えるように歩むのか、それとも「あの時ああすれば良かった」と後悔するのか。それは自分次第なんです。結局のところ、すべては自分の役割を見つけるためのヒントとして与えられている。だから、一見遠回りに見える選択も、実は必要な道のりだったということもある。大切なのは、自分の道を信じて歩み続けること。そして、いろんな人の話に耳を傾け、様々な経験からヒントを得ながら、自分なりの答えを見つけていくことです。
<取材・執筆=日野、写真=齋藤>
佐々木化学薬品株式会社HP:https://www.sasaki-c.co.jp/