経営理念の中核に「会社は働く人のために存在する」を据えるアグティの齊藤社長。その言葉の真意と、それを体現するための具体的な取り組みについて伺いました。齊藤社長が重視する「いい人キャンペーン」「比べるより創る」といったキーワードからは、人生の主体者として生きる大切さが見えてきます。
齊藤 徹(さいとう とおる)
株式会社アグティ 代表取締役
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「会社は働く人のためにある」とはどういう意味か
前回のインタビューで齊藤社長が「会社は働く人のために存在する」とおっしゃっていたのが印象的でした。あれは創業者様の言葉を引き継がれたものだったんですよね。改めて、その言葉の真意を教えていただけますか。
そうですね。「会社は働く人のために存在する」というのは、うちの創業者が口癖のように言っていた言葉なんです。私は当時、会社の幹部の一人でしたが、その度に創業者の想いの強さを感じていましたね。アグティには経営理念を明文化したものがなかったので、バトンを引き継いで2代目社長に就任した時、真っ先にやったことの1つが、この言葉を経営理念として明文化することだったんです。
ずっと大切にされてきた言葉を、あえて経営の中心に据えられた。そこには、どのような想いが込められているのでしょうか。
一言で言えば、「会社は働く人のために存在する」ということを大切にする中での会社作りは、会社が絶対に主体ではなく、働く人たちが主体でなければならないと思っているんですね。会社にとって良いことではなく、働く人にとって良いことをやるために、会社はあくまで使う道具だと考えています。その道具を使う目的は、社員のためであるべきだと。仕事も、事業も、そのために存在するものなんです。経営の判断軸は常に「働く人のため」。そこがぶれてはいけない。これは創業者から教わった大切なことの一つです。
なるほど。利益の追求も、社員の幸せにつなげるためということですね。
私たちは「利益」を、働く人の幸せそのものと定義しているんです。もちろん、給料やボーナスといった経済的な側面は重要ですよ。でも、仕事にやりがいを感じられているか、同僚との関係は良好か、自分の成長を実感できているか。そういう目に見えない部分も、「幸せ」のための要素だと考えています。
トータルな意味での社員の幸せが、会社の利益につながるんですね。
そういうことです。この会社で働くことに、一人ひとりが喜びや誇りを感じてくれたら、それが何よりの利益だと思うんです。そんな会社であり続けるためには、経営者は何をすべきか。働く人のために経営判断を下していく、その意識を皆で共有していくことが大切だと考えています。
齊藤社長がそのような考えを持つようになったきっかけは、どこにあるのでしょうか。
私が社長に就任して間もない頃、ある経営者の方から「会社は社長の器以上にはならない」と言われたことがあるんです。その時、はっとしましたね。自分という人間の大きさが、会社の限界を決めてしまうかもしれない。ひいては、社員一人ひとりの人生をも左右しかねない。そう考えたら、背筋が伸びる思いがしました。
経営者としての責任の重さを、痛感された瞬間だったんですね。
そうなんです。だからそれ以来、自分の価値観、考え方、生き方といった根っこの部分に向き合う時間を意識的に作るようになりました。今日お話ししたことも、終わってから振り返るんです。「なぜこんな言葉を使ったのだろう」って。1時間前、1週間前の自分とは違う自分になっているので、それを常に見ていくことが、僕の中では成長だと思っているんです。
成長は、新しい知識を身につけたり、できることを増やしたりすることだと捉えられがちですが、齊藤社長は必ずしもそれだけが成長じゃない、とお考えなのですね。
そうかもしれません。成長というのは、何かを得ていくことだけじゃなくて、ひょっとしたら日々を過ごすこと自体が成長なのかもしれません。歩みを前に進めることばかりじゃなくてもいいんじゃないですか。成長のスピードやマインドは人それぞれ、タイミングによっても違うと思います。だから、あまり自分のことを未来に向けて追い込んでいく必要はない。そんなに頑張らなくてもいいんじゃないかな、とも思います。
なるほど。経営者としての学びが、人間的な成長にも直結しているんですね。
ええ。だから社員一人ひとりにも、そうあって欲しいと思うんです。日々の仕事の中で、自分で判断し、決定していく。そういう主体性を持てる環境を、もっと整えていきたいですね。人生の多くの場面で、私たちは意識する・しないに関わらず、たくさんの選択を迫られます。そのチョイスの連続が、自分の人生そのものを形作っていく。会社の枠組みの中でも、自分の頭で考え、自分の意志で決める。そういう姿勢を大事にするんだ、というメッセージを込めた経営を心がけているつもりです。
例えば「この仕事でこんなものが必要だから買いたい」「この予算をかけてこんなことをしたい」と言った時、上司や役職者にオッケーをもらわないとできないことって起きるじゃないですか。オッケーをもらってできるようになった瞬間、もう自分事じゃなくなってると僕は思っているんです。なぜなら、決めたのは会社だから。そうではなく、誰かに生かされるのではなく、自分の足で歩んだ人生にしてほしい。後悔することもあるかもしれないけど、それは誰かのせいではなく、自分で決めたことに対する後悔なので、受け入れやすいじゃないですか。だから、そういう環境をできる限り会社の中でも作っていくことで、自分で決めて行動することを後押ししたいと思っています。
なるほど。少しわかってきた気がします。無意識のことも含め、1日の中で何千回も繰り返される判断に意識的であること、自分事として捉えることを大切にしていく。齊藤社長自身もそれを実践されてきた。会社が最終判断を下したからと言って、そこで思考停止することは避けたい。できるだけ自分事として捉えていくことが、齊藤社長に近づいていくことになる、ということですね。
そうすることが、その人自身が自分の人生を豊かに、幸せに生きることにつながるんだろうなと思っています。
「いい人キャンペーン」と「比べるより創る」
齊藤社長が大切にされているキーワードとして、他にはどんなものがありますか。
一つは「いい人キャンペーン」ですね。人の行動は、意思があるから行動にうつすって言われるじゃないですか。そういう側面ももちろんあると思いますが、いい人というのは、いい行いを積み重ねることでしかなれないと最近思っていて。善く生きようと思うだけでは意味がない。ささいな親切を心がける、感謝の気持ちを言葉にする、相手の気持ちに思いを馳せる。そんな具体的な行動あってこそ、人は本当の意味でいい人になれるんだと思うんです。
そう思うようになった何かきっかけがあったのでしょうか?
会社の中で新しく、あることをやろうという案があった時です。どんなメリットがあるか、どんなリスクがあるかを話し合うと、話すほどメリットよりリスクの話が多くなっていく。そうすると結局やらない方がいいねとなる。人は安定志向で、失敗するようなことは回避しようとするから、やめる決断が悪いわけじゃない。ただ、そういう議論ばかりしていると、結局何も動かないんですよね。だから、まずはやってみることが大事だなと思って、会社の中にいろんな制度を作ってきました。例えば、5年に1回、1ヶ月間休める制度を2022年から始めたんです。もちろん給料をもらいながら休める。でもその制度には「問題があれば制度を廃止します」という一文を加えているんです。つまり、やってみてダメだったらやめるということを想定しながら、まずはやってみることの方が大事だということです。
制度となって、形となっているのを見ると、すごいなと思います。
もう1つ思っているのは、今は情報があふれていて、その分選択肢が増えている。それはいいことだと思う反面、選ぶこと、比べることばかりになっているなとも感じていて。比べることより、選ぶことより、自分で創ることの方が大事なんじゃないかとずっと思っています。あの人よりも私の方がちょっとイマイチかな、と比べることで優越感を感じたり不安になったりするのではなく、自分が自分らしくあるためにはどうあるべきかを考えて、自分の道を自分で創っていくことの方が大切だと思っているんです。
確かに最近は、SNSでもリアクションがすぐに得られるから、常に人の目を意識しがちですよね。
そうですよね。もちろん人は1人では生きていけないし、他者との関係性の中で生きているものだから、他者からの評価や見え方を意識することは必要だと思います。でも、それが過剰になりすぎていると感じていて。比べたり選んだりすることで、その人らしさや個性が消されていくというか、見えなくなってしまう。それって本当にその人らしい、その人の幸せにつながるのかな、と思うんです。自分の人生を自分の足で歩むためには、自分なりの思いや考えを持って生きていくことが大事だと思うので、比べて選ぶことばかりにならないでほしいですね。
「創る」ということをやっていくにはどうしたらいいのでしょうか?
分かりやすい例で言うと、いま最も意味のないと思えることをやることです。今の自分の行動や価値観は、これまで自分が培ってきた考えや行動によって形作られているので、そこから外れないことには、その壁は崩れません。だから、自分にとって最も意味のないと思えることをあえてやってみることで、その壁は崩れるんです。それが大事だと思います。でも、それってネガティブになりやすいし、勇気もいる。一歩が踏み出しにくいんだけど、それを面白がって見るっていうのが肝心なんです。面白がってみると意外とイケちゃうし、ノリノリになれる。そうすると見える景色が変わってくるんですよね。
なるほど。齊藤社長自身はどのようなことをされていますか。
たとえば私は美術館巡りをしたり、アーティストの方々と交流する機会を作ったり、福祉関係のNPOの方とつながってみたりもしています。会社でも、新しいことにどんどんチャレンジしています。昨年から始めた障がい者アートのサブスクリプションサービスなんかもそうですし、社会課題の上映会を行なったのも同じ趣旨ですね。一見、本業からは外れるように見えるかもしれません。でも、「当たり前」を疑う習慣があれば、そこから新しい発想やアイデアが生まれてくる。イノベーションの源泉は、既成概念を取っ払うところにあるんじゃないでしょうか。常識という枠組みから一歩踏み出してこそ、面白いことは起きるんだと思います。
友達に誘われた時にちょっとめんどくさいなと思うことも、面白がってやってみる。これは普段の行動から活かせそうですね。
働くことを重く捉えすぎなくていい
ここまでのお話の中にも、既にメッセージ的なことはたくさんいただいたと思うのですが、改めて進路に悩んでいる人や、コロナ禍の終息もあって不安の中で生きている若者たちに向けて、何かメッセージがあればお願いします。
大学生に限らず、若い世代の人たちとの交流の中でよく話していることですが、就職や働くということは、自分の人生を豊かで幸せにするための道具の一部なので、働くことにそんなに重くフォーカスする必要はない、ということを伝えたいですね。
重く捉えすぎなくていいと……。
世の中でよくワークライフバランスという言葉が使われていますよね。ワークとライフが別に存在していて、そのバランスをいかに取るかという話が多い。でも私は、ワークとライフは共存していて、別々に存在しているわけではないと思うんです。ライフの中にワークという道具の一部があるだけ。だからバランスを取るようなものではなく、豊かな人生のための道具の一部なんです。働くことにそこまで大きくフォーカスする必要はないと思います。もっとノリで決めていい。「無理だ」と思っても大丈夫。とりあえずやってみる、ぐらいの感覚でいいんじゃないでしょうか。仕事は自分の人生を豊かにするための道具なのだから。もちろん、働かないと飯も食えないから、働く必要性はあります。でも、それが人生のすべてじゃありませんからね。自分はどんな風に生きたいのか、どういうキャリアを描きたいのか。もっと自分の頭で考えて、悩んで欲しいと思うんです。就職だって、内定がゴールじゃない。自分なりの物差しを持って、肩の力を抜いて臨んでいい。そのくらいの余裕を持っていて欲しいですね。
なるほど。働き方も、生き方も、主体は自分自身にあるということですね。
一人の人間として、自立し自律していく。それが社会人としての第一歩だと、私は考えています。会社は社員のためにある。だったら一人ひとりが、自らの人生の主役になっていいと思います。
<取材・執筆=日野、写真=田部>
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