ゲーム会社ジュピターで30年以上にわたり経営に携わってきた中山会長。ジュピターに携わりながら、10年前に全く異なる分野である製造業の新生工業の経営も引き継ぐという大きな挑戦に踏み出しました。今回のインタビューでは、業界を超えて通用する経営の本質や、中山会長が大切にしている「やじろべえの思想」について掘り下げていきます。さらに、失敗を恐れず前に進む姿勢や、柔軟な思考の重要性など、若手社会人や就活生へのアドバイスもお伺いしました。
中山 誠(なかやま まこと)
株式会社ジュピター 代表取締役会長
株式会社新生工業 代表取締役社長
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仕組みで人は変われる
中山会長は、ゲーム業界で長年会社経営をされてきましたが、10年前に製造業である新生工業の経営をお父様から引き継がれました。全く異なる分野での経営に際して、どのようなアプローチをとられたのでしょうか。
経営者って、経営の専門家であるべきですよね。僕は製造の現場の専門家でもないし、ゲームを作るという意味ではゲームの専門家でもありません。でも、ゲーム会社を経営するということを30年やってきました。製造業はわからないけども経営はわかるということで、新生工業の社員に新社長として受け入れてもらったわけです。
経営の専門家として、新生工業ではどのような課題に取り組まれたのでしょうか?
新生工業には非常に良いお客さんが多くいましたが、社内の人材育成ができていませんでした。父親が4人兄弟で経営をしていたため、身内経営になり、上が決めたことを下が実行するということしかできなくなっていました。料理で例えると、シェフが「このレシピ通りに作れ」と指示するような形態でしたね。一方で僕がジュピターでやってきた経営は全く逆でした。料理の例で言うと「素材を持ってくるからうまく料理してね」というプロデュースする仕事をやってきたので、この仕組みを新生工業でも実現しようと、5年前から改善を本格的に始めました。
具体的にはどのような変革を行われたのでしょうか。
一貫して取り組んだことの一つは数値で見える化をすることでした。製造現場の数値を見える化して、「これが今までの状況で、こうしたらこう変わる」というのをちゃんと数値で見せてあげたんです。例えば、「今まで50しかできなかったけど、実は70ぐらいまでできるんじゃないか」と提案すると、最初は「70なんてしたことないから無理だ」と反対されます。でも、それを実際にやってみせて、できるということを証明していく。そうすると、本人たちも「できるんだ」と実感し始めるんです。変革は一朝一夕にはいきませんでしたが、1個ずつ見直して、1個ずつ改善していくことで、少しずつ変わっていきました。最初こそ猛反対の人たちもいましたが、会社が変化するにつれて社員のみんなも変わっていった気がします。これって、仕組みによって人は変われるっていうことなんですよね。適切な仕組みを作り、それを実行し続けることで、驚くほどの変化が起こっていった。面白いことに、今まで残業が当たり前の業界だったのに、残業なしでできるようになった後は、社員から「もう残業は嫌や」と拒否反応まで出てくるようになりました(笑)。
そのような変革を進める上で、大切にされてきたことを教えてください。
一番大切なのは、粘り強さですね。良い仕組み作りや理念をしっかりと経営者が言い続けること。やがてそれが実感として社員に伝わり、本当に良いことが起き始めるんです。ただし、途中でやめてしまうと、「やっぱりダメだった」と思われてしまう。そのため、経営者としてどれだけ我慢できるか、信念を持って取り組めるかが重要になってくるんです。社員が本当に理解するまで、「こうすれば必ずできる」という確信を持って導いていく必要があります。これは言わば、良い意味で「騙し切る」ということかもしれません。
仕組みづくりと粘り強さ……中山会長がされてきた経営者としての実践について少し理解できた気がします。
「やじろべえ」の思想について
そんな中山会長の経営哲学の中心にはやじろべえの思想が据えられています。この辺りについて改めて詳しく教えていただけますか?
やじろべえって軸があって揺れながらバランスをとっていますよね。企業においてその軸っていうのが「利益を出すこと」と「社会貢献をすること」なんです。社会貢献というのは、社員が働ける環境を作ることと求人をするということ。利益を出すというのは、当然税金を払うということです。この軸を常に持ちつつバランスをとっていきましょう、というのがやじろべえのお話です。右に、左に、前に揺れた時、この軸に立ち返りましょうというわけですね。
その軸があればこそ、どんな状況でも戻ってこられるということですね。
そうです。ジュピターにとっては、「笑顔のある世界の創造 Let’s Play! Let’s Smile!」という経営理念がその戻る場所なんです。笑顔になる世界を創造するためにやっているんだから、それが笑顔になるような作品になっているか、そしてその根本には利益が出るのか、ということを常に問いかけています。このやじろべえの感覚というのは、新生工業のような全く異なる分野の会社でも、どんなところでも活かせることだと思います。
やじろべえの思想の原点はどこにあるのでしょうか?
どうなんでしょうね、恐らく自然と浮かんできたものだと思います。ジュピターは過去に豚まん屋さんやパソコン教室など、様々な事業に挑戦してきました。しかし、成功しなかったものもたくさんあって。その経験から、軸が必要だと考えるようになったんです。その点、やじろべえって、いつでも戻ってこれるという特徴が素晴らしいですよね。「進む」というだけでは、常に前進しなければならないというのがしんどい。でも、「戻ってこれる」という考え方は、柔軟性があってそして面白い。失敗しても、また軸に戻ってこられる。これが私にとっては一番しっくりくる表現だったんです。
「間違うほど、正解に近づく」「答えを二つ用意しよう」
ありがとうございます。他に中山会長が大切にされているお考えがあればお伺いしたいです。
新生工業には「間違うほど、正解に近づく」という言葉を額縁に入れて、飾っています。新生工業は、上から指示されることを正確に実行することにみんなが慣れてきた会社なので、間違うことをものすごく嫌がるんですよね。意見を言いたくない、言ったことがない人たちもいるのですが、「でも、本当は間違う方が得だよ」ってことを伝えたくて社内に貼りました。
「間違うほど、正解に近づく」というのはどういうことでしょうか。
例えば、ある企画書1枚をクライアントに持っていきました。「ここと、ここと、ここはもうちょっと変えてほしい」って言われたとします。企画書が通らなかったという意味ではこれは失敗と言えるわけです。しかしこの間違いを改善して次は企画書を3枚にして持って行きました。「もうちょっと、これとこれを足してほしいんだけど」って言われ、次は10枚の企画書になりました。で、またクライアントに持って行きました。「いや、 ここはもっとこうした方が良くなるんじゃない。僕の思ってることに近くなるわ」と言われ、次は企画書が20枚になりました。また持って行きました。企画書が50枚ぐらいなったら、「これでいこうか」ってなりそうじゃないですか?結局、そうして間違いを繰り返したことによってクライアントにしてみたら限りなく思っていることが言語化されたような状態になっているんですね。だから社員のみんなにもどんどん間違ってほしいなって思っています。
そう言われれば、間違うことにもポジティブになれそうですね!
そこと関連しますが、新生工業では毎年末に来年のお題を私が出すようにしていて、去年の末には「答えを2つ用意しよう」というのを出しました。
それはどういう意味なのでしょうか?
1つの答えではそれがダメだった時にどうしようもなくなってしまうし、不安が大きい。だから、保険をちゃんとかけられるように最初から2つ答えを用意しておきなさいという意味です。
なるほど。間違っても良いと言われると、間違うのが怖かったり、相手の評価が下がるんじゃないかという恐れがあったりしますが、答えを2つ用意するというのは前向きに準備できて、行動に移しやすいですね。
就活生へのメッセージ
最後に、就職活動中の学生や、京都での活躍を目指す20代の若者に向けてメッセージをお願いします。
マイナスな状況の捉え方を変えられたらハッピーですよね。ただ、それがなかなかできないのも理解できます。うちの娘も最近就活を終えたところなんですが、行きたいところの不採用通知を受けることがありました。そうすると自己否定をされたと思ってしまう。でも、企業の人事担当者は会社が求める人材に合った人を探してマッチングしているだけなんです。落とされることは否定でもなんでもなく、ただミスマッチを事前に防ぐためにそうした決断をしただけなんですね。でも、本人は腑に落ちないでしょうね……。
では、就活で不採用になることを、どのように捉えればいいのでしょうか。
失敗は成長の一部だと考えてください。企業との相性は人それぞれなので、不採用になることは珍しくありません。むしろ、失敗経験の少ない人こそ、どんなに優秀でも挫折しやすいものです。ですが、会社に入る前の挫折の方が、入社後の不適合よりもダメージは小さいと思います。それに、失敗から学ぶことで、自分に合った仕事や会社を見つけられる可能性が高くなります。間違うほど正解へ近づいていきますからね(笑)。もしも、それでも不安だったら答えを2つ用意していけば良いと思います。2つで不安だったら3つ目を用意していったら良い。就職は入り口に過ぎません。会社に入ったら、上司や同期との出会いもあります。どこに就職しても、自分次第で道は開けるということを忘れないでください。
ここで、先ほどの「間違えるほど正解に近づく」「答えを2つ用意しよう」という話とつながってくるわけですね。中山会長、貴重なお話をありがとうございました。
<取材・執筆=日野、写真=田部>
株式会社ジュピター HP:https://www.jupiter.co.jp/
株式会社新生工業 HP:https://www.kyoto-shinsei.co.jp/