前回の取材では大学時代までの話を伺いました。今回は社会人になってからの経験、特に20代の頃の仕事や生活について詳しくお聞きしました。アメリカ留学での気づきから始まり、若くして取り組んだ会社改革、そして現在の経営哲学まで。兼元社長の言葉から、変化の激しい時代を生き抜くヒントが見えてきました。
兼元 秀和(かねもと ひでかず)
株式会社キャビック 代表取締役
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アメリカ留学と会社改革
前回は大学時代までのお話を伺いましたが、今回は社会人になってからのお話について、特に20代の頃のお仕事や生活について詳しくお聞かせいただけますか?
実は大学卒業後、すぐには社会人にならなかったんです。その間2年ほどアメリカに行っていました。というのも、前回お話ししたように父親が兄弟一人ひとりに会社をあてがう計画を立てていたのですが、年子の兄が大学を留年してしまいまして。それで私が先に卒業することになったのですが、そのまま父親の会社を引き継ぐのは世間体が良くないということで、アメリカに行くことになりました。
アメリカではどんなことを経験されたのでしょうか?
アメリカではコミュニティカレッジに通っていました。当時、アメリカでは日本の経済や経営が世界的に注目されていて、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(エズラ・ヴォーゲル著)という本をよく見かけました。松下幸之助さんの本なんかも街中で見かけましたよ。アメリカでそこまで注目される日本の経営ってそんなに素晴らしいんだって思い、それで日本的経営に興味を持ちました。
そうだったんですね。日本的経営のどんなところが注目されていたように思われますか?
終身雇用や根回しなんかが注目されてましたね。これらはアメリカには存在しない概念でした。アメリカは実力主義で、力のある者が勝つ世界です。一方、日本では公平に対応する、みんなが公正に扱われていると感じられるような経営が多くのところでなされていた。勝ち負けだけで全てが決まるわけではないところが良いなと思っていました。
日米の経営の違いを肌で感じられたんですね。その後、帰国されてお父様の会社に入社されたんですね。アメリカでの気づきは、その後に生かされたのでしょうか?
そうですね。2年のアメリカ生活を終えた時には見事にアメリカナイズされて髭を生やしていたので、父親が経営していた会社の従業員には「面白い息子さんが帰ってきた」と思われてましたね。2年間だけども、アメリカでは色々と気づきがあって、会社にしばらくいると改善しないといけないところが見えてきました。経営に携わり始めたのは28歳くらいの時で、会社の改革はそこから始めました。社長の息子が経営をするということで、みんな興味津々でしたが、改革を始めると当然抵抗もありました。でも、やると決めた以上はやる。トップダウン的に指示していくのではなく、嫌なことでも率先垂範していく。そういう姿勢で積極的に取り組みながら、間違っていると思うことを一つずつ改善していきました。
具体的にどのような抵抗がありましたか?
最初はいろんな苦情がありました。今までのやり方と違う、できない理由をずらずら並べる人もいました。中には理屈をこねて、今までのやり方を一切変えようとしない人もいました。でも、そういう人との戦いにもやりがいを感じました。そうすると、徐々に風通しも良くなり、コミュニケーションが取りやすくなりました。人の気持ちが変わると行動も変わります。一つひとつの改善を通じて、会社の風土が大きく変わったんじゃないかと思います。
素晴らしい変革ですね。
29歳の時には同業他社を買収し、その会社の改革にも取り組みました。父親が別のタクシー会社を買収したんです。そこがすごく大変で。その会社の状況が酷かったので私は「そんな会社買わんとこ」って言ってたんだけどね。父親は「良い会社にしていくのが経営の面白いところだ」と話を勝手に進めていきました(笑)。
その会社の状況は具体的にどうだったのでしょうか?
肩から背中にまで刺青が入っている人、車内でカラオケを歌う人、真っ赤なセーターで来る人もいて。制服どころか、規律や規約もありませんでした。税金を納付しているか怪しい人がいたり、お釣りを渡す時に刺青が見えてお客さんをびっくりさせたり。とにかく問題だらけでした。
それは大変でしたね。どのように対処されたのですか?
毎日の点呼、制服の着用、挨拶運動などを導入しました。営業前の点呼では、アルコールの匂いや制服、刺青のチェックをしました。サービス向上のために高級車のクラウンを導入したり、当時まだ珍しかった自動車電話を設置したりもしました。大変でしたが、3年後には「ご乗車ありがとうございます。キャビックの葵タクシーでございます。どちらへお供いたしましょうか」という挨拶が自然に出てくるようになり、すごく良い会社になりました。業績も大きく向上し、京都地域のタクシー会社での業績が60社中、58位だった会社が5位まで上がりました。
わずか3年でそこまで改善されたのは驚きです。
目の前の課題を1つずつ解決していった結果だと思います。問題や課題から逃げないこと、見て見ぬふりをしないことが重要です。気づいたことは行動に移すことの積み重ねですね。
できるところから変えていくことが大事
経営者として大切にされている考えや最近の気づきについて教えていただけますか?
最近特に感じているのは、会社が大きくなるにつれて、コミュニケーションが取りにくくなってくるということです。風通しの良い会社を維持することがすごく大切だと感じているので、社長が知らないことが起こっているという状況は黄色信号だと思います。また、そういった問題を解決するためにIT化を進めるなど、できるところから変えていくことが大事です。問題点をどれだけ改善できるか、改善する力があるかが会社の良し悪しに繋がります。今のままでいると、それは後退と同じです。
先ほどのお話と繋がってきますが、問題点に気づけるようになるためには、どのような意識が必要だと思われますか?
一生懸命やること、何事も前向きに取り組むことが大切じゃないですかね。その中で、疑うことを1番にするんじゃなくて、信頼を1番にして接するっていうことが大事。問題があれば、疑ってかかるんじゃなくて、まず信用してっていうか、甘いかもわからないけど、私はそうしてますね。人を疑うことから始めるのではなく、信頼を第一に接するようにしています。だからこそ、嘘をついたり騙したりすることは許せません。正直に接することが大切だと考えています。
自問自答し続けること
最後に、就職活動中の学生や、京都での活躍を目指す20代の若者に向けて、メッセージをお願いします。
私たちの会社では、毎年実践目標を掲げていますが、今年は「私たちの事業はどうあるべきか」を掲げました。変化が激しい時代なので、今年が良かったからといって来年も良いという保証はありません。同じように、学生の皆さんも自分たちはどうあるべきかを真剣に考えることが大切だと思います。就活も、社会人としても、常にそういう考えを持って対処することが重要だと思います。
自分自身のあり方を常に考え続けることが大切なんですね。何か考える際の指針はありますか?
難しい質問ですね。常に「どうあるべきか」「今のままでいいのか」と自問自答し続けること、そうしていると、ある時「こうあるべきじゃないか」という答えのようなものが出てくることがあります。その答えが出てきても、そこで終わりではありません。やはり常に考え続けることが必要です。自問自答を続け、自分なりの答えを見つけていく過程そのものが重要ですね。
<取材・執筆=日野、写真=品川>
株式会社キャビック HP:https://www.cabik.co.jp/