企業経営を通じた地域経済への貢献が認められ、2023年秋の叙勲で旭日単光章を受勲した三橋製作所の三橋社長。その功績の背景には、長年にわたって築き上げてきた独自の経営哲学があります。今回は、その哲学の根幹をなす「行動規範」を中心にお話を伺いました。
三橋 宏(みつはし ひろし)
株式会社三橋製作所 代表取締役
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思想との出会いが形作った行動規範
前回の取材では経営理念についてお話を伺いましたが、今回は御社のホームページに記載されている行動規範について詳しくお聞かせください。
三橋製作所の行動規範には、私がこれまで出会ってきた多くの思想家の考え方が含まれています。特に大きな影響を受けたのが、ポール・J・マイヤーが創設したSMI(Success Motivation Institute)との出会いです。SMIは成功哲学に関する16週間の研修プログラムで、約20年前から全社員で取り組み始めました。
正直、導入を決めた時は諸刃の剣だと思いました。このプログラムを学んだ社員が「学んだことを活かして独立しよう」と考え、みんなが離れてしまうかもしれない、と。でも、私の想いとしては、社員全員が同じ方向を向いて、共通の言語を持てるようにしたかったんです。
実際に導入してみていかがでしたか?
結果的にはほとんどの社員が残ってくれて、5、6名のグループで学習を重ねていきました。また、SMIを導入する際に出会ったコンサルタントから、哲学者の芳村思風先生をご紹介いただきました。芳村先生の人生哲学からは私自身大きな影響を受けましたね。
具体的にはどんなところに影響を受けたのでしょうか?
芳村先生は「問題は必ず起こるもの。それを乗り越えることで人は成長する」と教えてくださいました。私自身、若い頃は問題から逃げていましたので、この教えは深く響きました。この20年間、SMIで全社員と学びを重ねてきたり、他の思想家からの学びの中で、私自身の経営哲学も確かなものになっていったように思います。それが今の行動規範として表現されているわけです。
様々な考え方が、三橋社長の中で次第に紡ぎ合わされていったわけですね。
行動規範を支える哲学
行動規範の内容について具体的に教えていただけますか。
三橋製作所の行動規範は7項目ありますが、前提となっている考え方がいくつかあります。特に重要なのが、「人と人との関係性」です。私たちは皆、身体を持っているがゆえに、必然的に偏った見方しかできません。私は私の見方しかできず、他者の見方や経験を完全に理解することはできない。だからこそ、話し合いが必要になってくる。どの世界でも、結局は人と人との商いや営みです。なので、その中でいかにうまくやっていくかが大切になります。
私とあなたは違うという前提に立たないと「なんでわからないの!」と言い合いが勃発する様子が想像できます。
思いやりというのも、自然に湧いてくるものではありません。日々の生活の中で「相手の立場に立って考える」という意識的な努力が必要なんです。誰でも自分のことは見えていても、他人への気遣いは意識して身につけていくものだと思います。
また、芳村先生は「すべてがシンメトリー(対称)だ」とおっしゃいました。善と悪、明と暗のように、全ては対になって存在する。これは作用・反作用の法則とも重なりますが、これは物理的な話のみならず、精神的にも言えるというのが芳村先生の教えです。なので、良いことがあれば悪いこともあり、その逆もあります。素粒子の世界では全てが波動として伝わるそうです。ここにも作用反作用の法則があって、私たちの思いも波動として伝わっているため、人との相性も互いが発する波動の影響を受けているのかもしれないと思うんです。
職場での人間関係にも当てはまりそうですね。誰かが不機嫌になると、その空気が伝わってくるような。
その通りです。そして、これらすべての考え方は「長期的に、かつ俯瞰的に」見ることが重要です。問題がこじれた時は「第三者の視点」に立つことが大事です。当事者として考えているから解決できない。外から見れば「こうすればいいじゃん」と、解決策がすんなり出てくる場合も多いんです。この長期的・俯瞰的な視点は、経営においても非常に重要です。これは「土俵の真ん中で相撲を取ることを心がけること」と行動規範では表現していますが、日々の資金繰りに追われるのではなく、将来の事業展開をしっかりと考える余裕を持つ。そういった姿勢が、結果として会社の永続的な発展につながっていくのだと考えています。
そうした一つ一つの考え方が行動規範に反映されているのですね。
もちろん、これらの考えがどこまで会社の商いとして実際に生きているかは、なかなか測りにくいものです。ただ、おかげさまで、クレーム対応を含めたお客様へのサービスについては、「すぐに対応する」という姿勢が社員に根付いています。これは簡単には真似できない、我々の強みだと思っています。損得で考えるのではなく、まずは真心を持って接する。それが結果として、次の商売にもつながっていくというのを行動規範には込めています。
夢を持とう
最後に、就職活動中の学生や若手社会人へのメッセージをお願いできますか。
今の若い人たちには、「目標を持つこと」の大切さを特に伝えたいですね。SMIの創設者であるポール・J・マイヤーは「成功とは、自分にとって価値あることを前もって設定して、段階的に実現していくこと」と教えています。この言葉に深く共感し、私は20年以上前から「死ぬまでにやりたいことリスト」を作っています。この「やりたいリスト」は映画『最高の人生の見つけ方』で紹介されていましたが、実現可能かどうかは考えずに、「これが欲しい」「あそこへ行きたい」など、思いつくことを書き出すんです。実は、そのリストの多くが今では実現できているんですよ。
確かに最近は、物質的に恵まれ、スマートフォン1台あれば何でも得られる時代です。そういう意味で、憧れの夢や目標を持ちづらい環境なのかもしれません。
私自身、様々な目標に挑戦してきましたが、最初から大きな目標を掲げても続かないものです。段階を踏むことが大切です。例えばエベレスト登頂を目指すなら、まずは近くの山から始めて、次は富士山というように。そして、ある目標を達成したら、そこで満足せず、次の目標を持つこと。たとえ今は目標が見つからなくても、必ず自分の中に追求したいものがあるはずです。それを見つけ出し、追い求め続ける。そんな生き方をしてほしいと思います。人生という旅路を、自分らしく歩んでいってください。
<取材・執筆=日野、写真=田部>
株式会社三橋製作所HP:https://www.mitsuhashi-corp.co.jp/