すべてに意味がある

インタビュー取材

前回の取材から4年。リアルワールドデータ株式会社の尾板会長に再びお話を伺った。リクルート時代に新規営業の第一人者として活躍し、その後起業、そして経営譲渡を経験した尾板会長。「逃げない」という信念のもと、幾多の壁を乗り越えてきた軌跡と、そこから導き出された経営哲学に迫った。社会人経験の浅い若手に向けて、「逃げずに向き合うことで必ず道は開かれる」と語る尾板会長。その言葉の背景には、リクルート時代の厳しい営業経験や、会社の株式譲渡という決断など、様々な経験が織り込まれていた。苦労を恐れず、むしろそれを人生のスパイスとして受け止める。そんな尾板会長の生き方から、現代を生きる若者へのメッセージが見えてくる。

尾板 靖子(おいた やすこ)
リアルワールドデータ株式会社 会長
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「売上ゼロ」から執念の営業

日野
日野

前回の取材では、尾板会長のこれまでの経歴をうかがいました。その時から感じていたのですが、とにかくパワフルで、行動力やエネルギッシュさに圧倒されました。今回は、その原動力やマインドをより深く知りたいと思います。まずはリクルート時代のことを、もう少し詳しく聞いてもよろしいでしょうか。

尾板会長
尾板会長

リクルートには中途で入社して、私には「新規営業特化」のミッションを与えられていました。既存のクライアントがまったくない状態からスタートでした。しかも担当は近畿2府4県で、扱っていた「アントレ」という媒体は、主にフランチャイズ加盟や独立開業を考えている個人・法人向けの媒体で、マーケットが狭い領域でした。
近畿2府4県の市場は、先輩社員がほとんど開拓し尽くしている状況で、私が営業できるのは、先輩たちが失注した“超難しい”クライアントか、まだ募集を始めていない“潜在層”くらいしか残っていなかったんです。そういう企業さんに対して「これから加盟者募集など考えられませんか?」と、ゼロベースで興味を持ってもらうところから始める必要がありました。

日野
日野

その状況をどうやって打開されたのでしょうか?

尾板会長
尾板会長

とにかく「探客」が一番でした。新聞やニュース、ネット検索などで「ここは代理店展開やフランチャイズ展開できるかも」と妄想しながら企業を探しては電話をかけ、電話口の方を説得して経営陣へ取り次いでもらい、何とか口説いてアポイントを取る。1日で6件、7件もの新規アポを取る日もありました。
日中は営業に出て、空いた時間には会社の固定電話で電話営業。夕方以降は翌日電話する企業のリストを作って……。毎日遅くまで仕事をして、上司には「働き過ぎだ」と怒られたりもしました。それでも最初の3か月は売上がほぼゼロ。毎日送られてくる売上日報で、自分は当然のように最下位。むしろマイナスの人がいると「一度でも受注できたんだな」と羨ましく思うほどでした。

日野
日野

その後は、前回お聞きしたように破竹の勢いで受注が増えたとのことですが、その間、辞めたいと思ったことはなかったのでしょうか?

尾板会長
尾板会長

「辞めたい」とは思わなかったですね。というのも、両親が高齢で、家計を支える必要があり「後がない」という切迫感があったんです。また、そもそも私自身が「しんどい」という理由で逃げることが嫌いなんです。ネガティブな理由でやめても、また同じような課題が巡り巡ってやってくる、と考えていて。だから今ここで乗り越えよう、と腹をくくっていました。
ですが、やはり不安はあり、実はその頃「私ってクビにならないでしょうか」「本当に大丈夫でしょうか」というのが私の口癖で(笑)。でも上司は、「尾板は常にクライアントのことを本気で考えているから絶対大丈夫」と言ってくれて、その言葉にとても支えられました。結局、3か月を過ぎた頃から、蒔いた種が一斉に芽を出すように受注が増え、新規売上高や新規クライアント獲得数で全国1位を何度か取れるようになったんです。あの頃の経験は本当に大きな財産です。

目の前の出来事を俯瞰して見る

日野
日野

壁を乗り越えるときに大切にしていることは何でしょうか?

尾板会長
尾板会長

方法論というより「逃げない自分でいる」という意識が1番大きいかもしれません。しんどいからやめる、苦しいから諦めるという選択をしない。その代わり、ポジティブな理由――「こういうチャンスを得たから方向転換する」というような前向きな理由なら問題ないと思っています。

日野
日野

その考え方は、どこから来ているんでしょうか?

尾板会長
尾板会長

両親の影響が大きいですね。父も母も戦争を経験した世代で、我慢強い人たちでした。嫌だな、しんどいなと思って逃げるのではなく、どうやったらそれを乗り越えられるのかを考える。そういう環境で育ったんです。プライベートでも、自分が苦手だなと思う状況から逃げると、また同じ課題が巡ってくる。逃げずに克服しておけば、次に同じ状況が来ても困らない。結局、それは自分の中で乗り越えていかなければいけない“修行”のようなものなんだと捉えています。リクルートでの経験も、本当に大きな財産になりました。苦しい時期を乗り越えられたのは、直属のマネージャーや先輩方の支えがあったからで、今でも感謝しています。そして、私自身も「目の前の人との関係を大切にする」ことを心がけています。そうやって向き合った想いは、必ずどこかで巡り巡って返ってくると信じているんです。

日野
日野

そのほか、大切にされていることがあればお伺いしたいです。

尾板会長
尾板会長

私は「目の前の小さなことで一喜一憂しない」「俯瞰して見る」というのを常に大事にしています。目の前の出来事が一見ネガティブでも、数か月・数年経てば「実はあれがあったから今の自分がある」と思えることが多い。
たとえば、リクルート入社時、一度は別の部署(人材系)を受けて落ちたんですが、結果アントレに配属されたことで独立開業領域に強くなり、仕事を通して多くの経営者とお会いできました。それがリクルート退任後の事業にも直結した。あの時は落ち込んだけど、今となっては「むしろ最初の面接は落ちて良かった」と思えるんです。
体調を崩し、リアルワールドデータの社長を退任することになった時も最初は本当にどうしようと思いましたが、振り返ってみると、会長職として少し距離を置けたからこそ、「経営者として自分の足りない部分」や「社員がのびのびと活躍する姿」に改めて気づくことができました。譲渡先の経営陣の方々には、私の気持ちや会社・従業員のことを大切にしていただきました。今では会社の空気も良いですし、体調を崩したことさえ感謝する気持ちがあります。

「苦労はスパイス」―本当の充実感を得るために

日野
日野

就職活動中の学生や、京都での活躍を目指す20代の若者に向けて、メッセージをお願いできますか。

尾板会長
尾板会長

やっぱり若い時に苦労した方がいいと私は思っています。「苦労とか努力はダサい」という声もありますが、リクルート時代、地べたを這いずるような営業をしていた経験は今でも私の誇りですね。一生懸命頑張って結果を出せたという自信は、人生の糧になります。
逆に、苦労や努力を一切せず何かを成し遂げられたとして、それは本当に楽しいのかな、と疑問に思うことがあります。若い世代の皆さんは気力も体力も両方ある貴重な時期。私なんてもう深夜まで働く体力は残っていません(笑)。だからこそ今のうちに、少々無理をしてでも行動しておいてほしい。待っているだけじゃチャンスは来ません。

日野
日野

「苦労や努力なくして得られる成果には、本当の充実感がない」ともおっしゃいますね。

尾板会長
尾板会長

そうなんです。食べ物でたとえるなら、一番美味しくないのは味がしない“無味”のものなのかなぁと。プロテインを飲んでいてよく思うんですが(笑)、味が薄かったり無味だったりすると、やっぱり美味しくない。苦労や努力も同じで、それがあるからこそ結果に“味”が生まれる。
たまに上場益だけを求めている経営者を見ますが、それって本当に楽しいのかなと思います。努力や苦労を精一杯せず目先の利益で手にした成功って、その瞬間はいいかもしれないけど、心からの充実感は得られないんじゃないでしょうか。
大変な時にみんなで力を合わせて乗り越えたとか、自分はこうやって克服したっていう成功体験こそが、次の壁に直面したときに「大丈夫、あの時にできたんだから今回もいける」と思える源になるのかなと。若いうちにそうやって少しずつ胆力をつけていくことが大切だと考えています。

日野
日野

行動することの大切さを改めて感じます。

尾板会長
尾板会長

そうですね。成功体験を持つことで、次の大きな壁に直面しても「この程度なら大丈夫」と思えるようになります。諦めずに目標を思い続ければ、ふとした時に“チャンスの列車”がやってくる。でも、諦めていたら、その列車が目の前に止まったことにも気づかないんです。だからこそ、諦めず、いざチャンスが来たら絶対に掴み取ってほしい。
さらに、目の前の一人一人を大切にすることも本当に大事。損得抜きで人と接していると、思いがけないところから助けが返ってきたり、新しい機会が生まれたりします。そして、時には自分の「当たり前」を疑って、あえて未知のことに挑戦してほしい。そうすると驚くほど成長できたり、新しい景色が見えたりするんです。
最後に、夢や目標を持つ若い皆さんには、くれぐれも諦めないでほしい。必ず“チャンスの列車”はやってきます。そのときにちゃんと列車に乗れるよう、日々の行動や意識を大切に積み重ねていただければと思います。

「苦労は人生のスパイス」という言葉の中に、尾板会長がこれまで直面してきた様々な壁の乗り越え方の秘訣が詰まっているように思いました。

<取材・執筆=日野、写真=表>

リアルワールドデータ株式会社HP:https://rwdata.co.jp/

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