4年前の取材では、土屋念珠店の土屋社長にお話を伺いました。今回は、新たに代表取締役に就任された藤木社長にインタビューを行い、数珠業界に入ったきっかけから現在の経営哲学まで、幅広くお話を伺いました。伝統産業に新しい風を吹き込もうとする藤木社長の挑戦と、若い世代へのメッセージをお届けします。
藤木 裕哉(ふじき ゆうや)
株式会社土屋念珠店 代表取締役
偶然が導いた数珠の道
藤木社長が数珠業界に入られたきっかけについて教えていただけますか。
元々私は秋田県の出身でして。父親が宗教用具業界で働いていたのですが、大学受験の際に父の取引先だった名古屋の仏壇店から「バイトしながら大学に行かないか」という話をいただいたのがきっかけですね。当時は親の影響もあり、東京の大学に行くつもりでしたが、急遽、名古屋市立大学の経済学部に進学することになったんです。大学生活と並行して、その仏壇店でバイトをしながら、販売や仕入れ、在庫管理などを経験しました。
普通の大学生ではなかなか経験できないことをされていたんですね。
そうですね。大学3年生くらいになると、デパートでの催事企画なども任せていただけるようになりました。その経験は本当に貴重でしたね。お客様との直接のやりとりや、バイヤーさんとの交渉など、今でも役立つスキルを身につけました。
ただ、当時はまだ若かったので、少し調子に乗っていた部分があったと思います。色々な経験を若い時からさせてもらう中で「自分はできる」という感覚も正直あったと思います。そうした部分が多分見え隠れしていて、上司や先輩との関係がうまくいかなくなったこともありました。大学卒業後、一度はその仏壇店へ就職したのですが、結局しばらくして辞めることになったんです。その時に、取引先だった土屋念珠店の先代社長、土屋社長から声をかけていただいて、23歳で入社しました。
土屋社長からはどのようなお声がけがあったのでしょうか?
入社当初から「次を担ってほしい」という話はあったんですが、まさか本当になるとは思っていませんでした。当時は、ただただ目の前の仕事をこなすことで精一杯でしたね。最初は製造部門に配属されて、数珠の作り方を一から学びました。職人さんたちの技術や、素材の知識など、本当に奥が深いんです。その過程で、数珠という製品の持つ意味や価値についても深く考えるようになりました。
製造部門でのご経験が、現在の経営にも生きているのでしょうか。
そうですね、製品を作る側の視点を持っていることは、経営判断を行う上でとても重要だと感じています。数珠作りは全て手作業なので、職人さんたちが気持ち良く働ける環境づくりが必要だと考えるようになりました。また、職人さんたちとの信頼関係を築けたことも良かったですね。経営する立場としては、彼らの技術や努力を尊重し、適切に評価することの必要性を実感しました。
製造部門でのキャリアを積まれた後、取締役に就任されたそうですね。その辺りについて教えていただけますか?
取締役に就任したのは4年前で、ちょうどコロナ禍に入る頃でした。この役職に就いたことで、私の仕事に対する視点が大きく変わったように思います。特に横のつながりを意識するようになりました。それまでは社内や既存の取引先との関係が中心でしたが、もっと広い視野を持つ必要があると感じたんです。異業種交流会に参加したり、他の経営者の方々との交流を深めたりしました。そこで気づいたのは、我々が常識だと思っていることが、実は業界特有の考え方だったということです。外の世界と接することで、「これって違うんじゃないか」「これはまずいな」と思うことがたくさんありました。そこで、外部の方々の意見を聞いたり、セミナーやワークショップに参加したりして、もう一度勉強し直していこうと思ったんです。これまでは「なんとかなるだろう」という甘い考えもあったのですが、外部の視点を取り入れることで、自社の課題がより明確になりました。
確かに、自分たちの業界だけに留まっていては気づかないこともありそうです。取締役就任から4年、社長に就任される時には何かきっかけがあったのでしょうか。
実は、社長就任の話は私から切り出したんです。元々、土屋社長の実家が会社の隣にあって、社長のご両親が亡くなられた後、その家をどうするかという話になりました。その時、土屋社長が別の事業をそこで始めたいという話があって、「では、こちらの会社は私に任せてください」とお声がけしたんです。もちろん、すぐに決まったわけではありませんが、それがきっかけになりました。土屋社長も60歳になり、会社の規定では役職定年の年齢でした。これまで社長だけは例外だったのですが、この機会に世代交代するのもいいんじゃないかという話になりました。
社長就任を決意された理由は何でしょうか?
自分でやりたい、自分が率先して物事を動かしていきたいという思いが強かったですね。ただ、創業家でもなく、大きな資産もない私が社長になることへの不安やクリアすべき課題もありました。しかし、こうした機会をせっかくいただけたので、挑戦することにしました。
土屋念珠店の社長になったのは、偶然と決断が織り交ざったご経験だったんですね。社長として、これからどのような課題に取り組んでいきたいと考えていますか。
数珠を単なる供養の道具にとどめたくないというのが、土屋念珠店だけでなく業界全体の大きな課題だと考えています。数珠は本来「自分の想いを届ける道具」なんです。数珠の起源はお釈迦様が国の平和を願って108個の玉を繋いだものを持って祈ったことだと言われています。つまり、神様仏様に思いを届ける道具として生まれたのです。しかし、時代とともに宗教が人の死と結びつくようになり、江戸時代や明治時代に数珠が普及していく中で、亡くなった方への感謝や見守りを願う道具としての使い方が定着していきました。
確かに、今では多くの人にとって数珠はお葬式や法事、お墓参りの時に使うものというイメージがありますね。
その通りです。もちろん、それも大切な使い方ですし、ビジネス的には大きな市場でもあります。ただ、そこにとどまらず、もっと日常的に使っていただきたいんです。なので、例えば、京都に観光に来た若い人たちが、自分で数珠を作る体験をして、それをアクセサリー感覚で持ち歩く。そういった新しい使い方を提案していきたいと考えています。実際に、当社も『香凛』という体験型ショップの立上げに携わらせてもらいました。ここでは、お客様が自分好みの数珠を作れるワークショップを開催しています。これが予想以上に好評で、特に若い女性のお客様に人気です。
数珠の新しい可能性を追求することで、業界全体の活性化にも繋がりそうですね。
そうですね。宗教用具業界全体が好況とはいえない状況ですが、数珠を通じて、より多くの人に「祈り」や「想いを届ける」が身近になればと思います。ただ、伝統を重んじる業界なので、新しい取り組みに対して抵抗感を示す方もいらっしゃいます。しかし、伝統を守りながら新しい価値を生み出すことが、この業界の未来を作ると信じています。簡単なことではありませんが、業界全体の課題として取り組んでいきたいと思います。
社員に主体的に動いてもらうための試み
藤木社長が大切にされている経営哲学や最近の気づきについて教えていただけますか。
私が大切にしているのは、逆三角形の組織構造です。私が一番下にいて、みんなを支える立場ですね。やっぱり、社員一人ひとりが活躍できる環境を作ることが重要だと思っています。具体的には、社員の意見をよく聞き、できる限り彼らの裁量で仕事を進められるようにしています。もちろん、最終的な責任は私にありますが、日々の業務では社員が主体的に動けるよう心がけています。また、単に金銭的な関係だけでなく、人と人との繋がりを大切にする会社にしたいと思っています。私たちは「想いを届ける」数珠を作る会社です。「心豊かになる」という理念に基づいて、社員が心穏やかに仕事ができる環境を作りたいですね。
その理念を実現するために、日々のコミュニケーションで意識されていることはありますか?
褒めるべきところはしっかり褒めるようにしています。「よくやった」と伝える機会をできるだけ作るよう心がけています。また、私自身が学んで気付いたように、全社員に学びの機会を提供したいと考えています。当社は30人程度の小規模な会社ですが、一部の人間だけが成長しても会社全体の成長にはつながりません。そのため、社員一人ひとりがセミナー参加や読書から学べる機会を作っていきたいです。これは、単に仕事のスキルアップだけでなく、人間としての深みや面白さを育むためでもあります。例えば、私自身も週1回、学習塾のような場所に通っています。そこで学ぶ歴史や様々な知識は、直接業績向上には結びつかないかもしれません。しかし、そういった知識や経験が、人としての魅力を高め、結果的にビジネスにも良い影響を与えると信じています。ビジネスの話だけでなく、様々な話題で会話を楽しめる人間になることで、お客様との関係もより深くなり、信頼関係も築きやすくなるのではないでしょうか。私一人が頑張るよりも、30人全員が少しずつ成長することの方が、はるかに大きな力になると思うので、そのために学びと成長の機会を常に提供し続けていきたいですね。
若い世代へのメッセージ – 多角的な視点の重要性
最後に、就職活動中の学生や若手社会人へのメッセージをお願いできますか。
大学生の方々には特に言いたいのですが、勉強することの重要性を強調したいですね。私自身、大学時代の勉強をもっと真剣に取り組めばよかったと後悔しています。当時は「就職さえできればいい」と思っていましたが、今振り返ると、大学で学べることはたくさんありました。例えば、経済学部にいた私が、もっと真剣に経済理論を学んでいれば、今の経営判断にも活かせたはずです。特に、今の若い世代は情報が偏りがちです。YouTubeやSNSで自分の興味のあることばかりを見てしまう。でも、物事には必ず表と裏があります。偏った情報を盲信するのではなく、多角的な視点を持つことが大切です。
多角的な視点を持つために、具体的にどんなことをすればいいでしょうか?
自分の専門分野以外のことにも興味を持つといいと思います。学ぶ対象は何でも良いです。例えば、歴史を学ぶことで、現代の問題の背景にある複雑な要因を理解できるようになります。また、異なる意見を持つ人と積極的に対話することも大切です。私は定期的に、異業種の経営者と意見交換する機会を設けていますが、若い方々にも、例えばサークル活動や、アルバイト、ボランティアなど、様々な経験を通じて多様な人々と交流することをおすすめしたいですね。フラットに人の意見を聴く、フラットに物事を見る、というのが相当難しくなってしまっているのが今の社会だとは思うんですが、やっぱり社会に出た時にね、人を偏った目でしか見れなくなってしまったりっていうのは、すごく怖いことだとは思うので、そうならないように色々な人と話したり学んだりしたら良いと思います。
他の業界や分野に興味を持つことが、自分やその周りを客観的に見ることにつながることがよく分かりました。貴重なお話、ありがとうございました。
<取材・執筆=日野、写真=齋藤>
株式会社土屋念珠店 HP:https://www.tty-nenju.co.jp/